2013.11.5 福島県飯舘村「また、馬が、死んだ」

山々が色づき、紅葉の美しい景観が広がる飯舘村。足もとに目を移すと、この夏も細川牧場では3頭の馬が亡くなった(細川さんの以前の記事はこちら→http://on.fb.me/19wo959)。

村では、雨の中、民家を中心に至るところで除染作業が行われている。飯舘村から飯野に避難している男性に話を聞くと

「除染って言っ ても、人が住むところばかりで山なんかはやらんことに決まったみたいよ。『飯舘村は除染完了しました』って事実が欲しいだけでしょ。民家だけでもやれば、 マスコミはそう書くからね。でも、住むとなれば山に行くこともあるだうし、沢水だって流れてくるわけで、民家だけやったから大丈夫ってわけにはいかんよ」

村の田畑には除染で出た土がクレーンで堆く積み上げられていた。民家の壁沿いの土を釜で削り取る作業員の方々の姿を見ていると、その重労働に頭が下がりつつも、あまりに途方もない作業量に、この作業自体がヤケクソなものに感じてしまう。

夏前にお会いした時は、東電への怒りに拳を振り上げていた細川さんも限界はとうに超えているように見えた。「あれからまた馬が死んだよ。この村は終わりだ よ」と言うもその後に言葉が続かず、2本目のジョアを僕に渡すと「体調、悪い」と横になってしまった。先の男性が引き継ぐように話してくれた。

「気持ちの方が限界なんだろうね。東北大が馬を解剖してくれたけど、放射能との因果関係はわからないそうだよ。血液の分析結果では通常では見られない異常が あったみたいだけどね。まぁそうだろ。断定するには相当腹括らんといかんだろうからな。その上で、この夏も3頭死んじまったからな。ショックなんだろう よ」

変わらぬ状況は、つまり後退を意味する。

「山の植物や動物なんかも調査しているんだよ。だから俺は環境省に何度も結果を教えろって言ってんだ。だけど、いつだって『まだ、わかりません』の一点張り。何も問題ないなら出せばいい。出せねぇってのは、なんかあるんだろうよ」

試験的に村内の長泥地区で再開される米づくりについて伺うと、「あれもパフォーマンスだよ。やりました、またできるようにしましょうって言うね」

「仮設住宅での生活を2年間延長したって言うだろ。隣の家の物音が聞こえるようなところで生活するのがどんだけツライか。もう2年7ヶ月、そこで暮らしてるんだよ。延長って、簡単に言うけんどよ」

震災直後、被災地には瓦礫の山が積み上っていたが、3年近くが経過し、その多くは処理された。一方で、行き場を失った除染土壌は、無限に増え続けていくように見える。細川さんたちの疲労が、生きているだけで蓄積し続けていくように。

翌日、牧場を訪れると、ミニチュアホースが1頭、道路を歩いていた。慌てて車を降りたものの、囲われてない場所というだけで腰が引けてしまった。反対側からやってきた軽自動車も馬に気づき、地元の方らしい女性が2人降りてきた。

「徳さん、とこだね」

「あ、そうだ、そうだ。可哀想になぁ、こんな雨ざらしで」

「えさ、あげてんだべかな」

「なんだ、ボロボロだなぁ」

「こっからくぐり抜けてきたんだべ」

囲い用のロープは、緩み切っていた。

「つっても、こんな雨ざらしじゃ可哀想だべな」

「前も馬に色さ塗って、牧場に結わえつけて、見世物みたいにしてたしなぁ」

変人が村の避難命令に背いて、また馬をパフォーマンスの道具にして、おかしなことをやっている。困ったもんだ。そんな口ぶりだった。

飯舘村で唯一帰宅困難地域に指定される長泥地区に向かった。長泥地区では試験的に米づくりが行われているという。

山道を30分ほど登っていくと、一本道に柵が設けられ、行き止まりになっていた。マスク姿の警備の警官から、引き返すよう促された。

この先で米をつくっているのだろうか。人が入れないところで、米をつくっているのだろうか。

付近の線量を計測すると、カウンターは毎時4.7マイクロシーベルト超を表示した。山道脇の壁に書かれた「東電FUCK」の文字が雨でにじんでいた。img328

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