2014.6.2 福島県福島市 「もう、サラ金に行くしかないかなって」

福島西ICから車で30分ほど山道を走ると、青空色の犬の銅像が迎えるように凛々しく立っている。胴体には、黄文字で「SORA」胸元には青文字で「WELCOME」と描かれてある。

銅像の脇を車で入っていくと、気配を察知した犬たちが吠え始めた。雲一つない青空に、その声が気持ちよく響く。あとは、虫や鳥の声がわずかに聞こえるだけ。NPO法人SORAアニマルシェルターは、4度目の夏を迎えた。

自然豊かな山間には、福島第一原発付近の避難区域から保護された犬たちが暮らしている。

3年前。地震と津波により爆発した原発から多量の放射能がまき散らされた。震災翌日の3月12日には、原発から半径20キロ圏内の住民に避難指示が出された。

2週間後の3月25日には20〜30キロ圏内の住民に自主避難が促される。そして、4月22日、半径20キロ圏内が「警戒区域」に指定され、立ち入ることができなくなる。同時に、多くの動物たちが置き去りにされた。

そんな動物たちを救うために、多くの愛護団体が警戒区域内に入った。二階堂さんが代表をつとめるSORAもその1つだった。

「とりあえず、車で行けるとこまで入ってって、見つけたら乗せてって。といっても、他人の家にずかずか入っていくわけにもいかないですから。裏庭なんかにつながれていたのは、わかんなかったですね」

震災直後から警戒区域に入り「100頭以上は保護したんじゃないか」という。

保護だけではなく、ほとんど物資が届かない小さな避難所や寝たきり老人がいて避難できない個人宅などへ動物のご飯を届けたりもした。

道路は津波が運んできた泥にまみれ、アスファルトや橋が陥没するなか躊躇する余裕もないまま、二階堂さんは突き進んだ。電気が遮断され、何1つ明かりのない暗闇に、「あぁ、ここで死ぬのかも」と何度も思ったそうだ。

日本はペット大国だ。SORAの活動を応援する人たちは多く、二階堂さんはメディアやイベントに登場したり、著名人と対談したりと、SORAの活動をアピールしていった。休日になれば、全国からボランティアさんがSORAにやってくる。

「ボランティアさんはたくさん来てくれます。本当にありがたいです。でも、お金はもうカツカツなんですよね」

震災から3年が経ち、現在、寄付はほとんどなく、蓄えを切り崩しながら毎日をしのいでいるのが現実だ。SORAの資金は逼迫している。

「だから、もう、サラ金に行くしかないかなってね」

二階堂さんは、そう自嘲気味に笑う。

SORAの事務所の壁には、ワンコたちの保護場所が記された避難地域の地図が貼られている。

浪江町11頭。飯館村9頭。南相馬5頭。川俣町4頭。着の身着のまま強制的に避難を強いられた飼い主さんたちの多くは、選択の余地がなかったのだろう。

ラブラドールのクロ(♂)は、震災から1ヶ月後の4月10日、避難指示が出ていた南相馬小高区飯崎で保護された。保護された時は、銀色の鎖の首輪を付けたまま、黄色いロープが茂みに絡まって立ち往生していたそうだ。

テリアのMIX犬のモフモフ(♀)は、4月18日に同じ南相馬小高区飯崎で保護された。

柴犬のヤン(♀)は、4月20日に、警戒区域に指定される直前の浪江町と南相馬市小高区の間で保護された。

それから3年が過ぎたが、クロもモフモフもヤンも飼い主さんは見つかっていない。

今も一緒に暮らせないけれど、定期的にSORAを訪れる飼い主さんもいる。会うとツラいからと坂の下まで来て餌だけを届けにくる飼い主さんもいる。

ようやく飼える状況になった飼い主さんが迎えにきたり、新しい家族と暮らし始めたワンコもいるが、大半のワンコたちは今もSORAで暮らしている。

SORAが目指しているのは、「日本一・世界一楽しいシェルター」だ。

犬小屋やドッグランはどれも手作りでカラフルな装飾が施され、まるでハイジの世界のようだ。ワンコたちはひなたぼっこを楽しみ、スタッフさんやボランティアさんたちがやってくれば、シッポを振ってはしゃぎだす。のどかなSORAの世界は、見ているだけでも癒される。

できたばかりの会報1号には、著名人やボランティアさんたちからのあたたかいメッセージが掲載されている。

シェルターでもらえるガイドのチラシは、30数頭のワンコたちの顔写真と名前と犬小屋の場所、好きなこと嫌いなことが整理して記され、かわいくデザインされている。

HPやSNSの更新も頻繁だし、LIVEカメラでは15秒毎にSORAの様子を世界中から見ることができる。ブログには、ボランティアさんやスタッフさんたちとワンコの集合写真が毎日のようにUPされ、全国からペットフードなどの物資が届いている報告もある。SORAグッズもたくさんあって、イベントへの参加も活発だ。

「もちろん、ボランティアさんのご支援はありがたいし、支えられています。でも、それでSORAは盛り上がってるな、大丈夫だなと思われているような気もするんですよね」

と二階堂さんは心配する。

SORAが犬を保護していると聞いたのか、夜のうちにシェルターの前にワンコを置いていかれたこともあった。数日前には、シェルター付近の山中に遺棄された猫たち8匹を保護したばかりだ。

30頭あまりの犬や猫たちを育てていくには、「月50〜70万円」かかるそうだ。年間なら、1000万円近い。

「NPOが申請してもらえる助成金は、人優先。私たちみたいな動物相手の活動には回ってこないんですよね」

活動を続けていくには、金がいる。

震災直後、多くの支援団体が生まれた。3年が過ぎた今、どれくらいの団体が活動を継続しているだろうか。でも、活動がストップしたからといって、非難されることはない。むしろ、多くの活動が、「いままでもよく続けていましたね」と感心されるはずだ。

けれど、SORAは、決して、やめることはできない。

資金が尽きたからといって活動を終えてしまえば、ここで暮らすワンコたちは行き場を失ってしまう。

だから、資金がなくなろうと、人で足りなかろうと、走り続けなければならない。

命をあつかうとは、そういうことなのだ。

犬小屋をまわり、ワンコたちを撫でる僕を遠くからじっと見つめるワンコがいた。ガイドで確認すると、飯舘村から保護されているコロT(♀)だった。「注意書きには、怖がり、人見知り」とあった。

こちらを見つめていたくせに、近づくと目を逸らす。何度か見つめては逸らすことを繰り返しながら、いざ近づき撫でようとすると、コロTは漏らしてしまった。怖がらせてしまったかと申し訳なくなり離れると、また、じっとこちらを見つめている。そしてまた、近づくと、目を合わせないけれど、今度は静かに撫でさせてくれた。

ワンコたちは、地震も、津波も、原発のことも知らない。放射能のこともわからない。ただ大好きだった人と離ればなれになって、暮らしていた町が消えてしまった。その責任はすべて人間のエゴが生み出した結果だ。

それでもワンコたちは、すべてを受け入れ、SORAのみんなとともに、一生懸命、今を生きている。

行き場のないワンコたちにとって、SORAは生きていく最後の希望なのだ。

福島に行かれる機会があれば、ぜひ「日本一・世界一楽しいシェルター」のNPO法人SORAアニマルシェルターを訪れてみてください。愛らしいワンコたちが喜んで迎えてくれるはずです。

特定非営利活動法人SORAアニマルシェルター

住所:福島県福島市町庭坂字富山147-1

電話・ファックス共通:024-529-6267

時間:午前8時30分~午後5時

HP:http://sora.ne.jp/index.html

Facebook:https://www.facebook.com/sorashelter10613122_251169258340522_5340955601997662809_n

シロ。震災前は浪江町で暮らしていた。ようやく先月から飼い主さんの元で暮らしはじめた。

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浪江町で暮らしていたモフモフの飼い主さんは、まだ見つかっていない。

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コロT。震災前は飯舘村で暮らしていた。

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コロTは、一緒に暮らしてくれる新しい家族を待ち続けている。

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怖がりのコロTの散歩は、いつもチビTと一緒。

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チビT。コロTと同じく、震災前は飯舘村で暮らしていた。

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モフモフを撫でるボランティアさん。

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ボランティアさんと戯れるワンコたち。

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大自然に囲まれたSORA。現在は28頭のワンコが暮らしている。

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